第十一回ゲスト 佐賀優子さん(シンガーソングライター)

YUKO SAGA

わたし(秋山羊子)が大好きな人をお招きして、そのゲストの方にとっての「人生の一枚」をめぐって対談をするコーナーです。

第十一回目にお招きする方は、佐賀優子さんです。
優子さんはとっても情熱ある人。何度も背中おされた。ときには叱咤激励もされた。
お姉さんであり、妹であり、etc...
表情豊かでくるくると心がいつも動いてる。
恐いものにむかって、えい!って突っ走ってる人。

佐賀優子さんが持ってきた一枚
山本精一 - なぞなぞ

今回はね、一枚を先に教えてもらって、買って聴いて準備しておいたの。対談した場所は江古田にある、フライングティーポット。

ちょっとあこがれてる歌集なんです。

佐賀優子さん(以下、優子):選ぶのかなり悩みましたよ。これにしようと思ったアルバムが過去のゲストの方が選んだものだったりして。

秋山羊子(以下、羊子):すごくよかったよ。優子さんがこれを選んだ理由教えてくれますか?

優子:せっかく歌い手同士の対談だし、シンガーソングライターの方の作品で私が「これは!」って思うに作品しようかなというのがあって。ふだん音楽聴くとき、本当に聴きたいと思って聴くもの実は限られてて、そんな中でついつい聴きたくなる、聴いてしまうのが山本精一さんの『なぞなぞ』なんです。

羊子:へーそうなんですか。このアルバムを初めて聴いたのはだいぶん前ですか?

優子:たぶん4年くらい前だと思います。秋山さんは山本精一さんは聴いたことありました?

羊子:うん、えっとね、ライヴを2度観たことがあって、最初はフアナ・モリーナの来日公演のとき、インストで3人か4人の編成でパーカッションの岡部さんと、あと、ヴァイオリンかな。。。ちょっと忘れちゃったけど。

優子:プチROVOですね。

羊子:うん、あ、そうか、プチROVOっていうんだ。(※正式名称ではありません。)2回目は下北沢の開発反対のイベントで。そのときはもうひとりギターの人とデュオだったかな。一回目のイメージと違ってゆるくてちょっとこっけいな弾き歌いが印象に残ってる。

優子:このアルバムは基本はアコースティックギターの弾き語りですけど、インストのときとかのエレキギターでも、とにかく山本精一さんの出す音がすごく好きなんです。

羊子:わかる。なんか歌がポヨーンとしてるとき、ギターが激しく入ったり、雄弁だったり、急に電子音みたいのがピーって鳴ったり、そういうアクセント、スパイス具合がいいなぁと思って。

優子:なんか、たぶんいたずら好きな人なんだろうなっていうのが伝わってくるっていうか。やんちゃなところとか、頭の切れる人なんだろうなとか、かと思ったらすごいきれいな音、ピュアな音が聴こえてきたり、おもしろい人だなぁって。

羊子:うん、そうね。あぁ、思ったんだけど、すき間というか、作りすぎない具合がちょうどよくて、余白余地を与えてくれてる気がして。

優子:音が個人的というか、宅録とはまた違うけど、自分の空間で録ったような音がするアルバムだなって。

羊子:うんうん、そうですね。プライベートな感じはする。

 

曲を作るのを楽しめてない

優子:自分で曲をつくるとき、照れがあったり、真剣に真剣に向き合いすぎて自分の中で何か固まってしまうことがあるんです。でも、このアルバムを聴いてると、なんかまるで小学生の子供が例えば「牛タンたべたい〜」とか替え歌をその場でつくるようなテキトーさも感じるし(笑)、でもハッとさせられたり、本当はテキトーにつくってるのどうかはわからないけど、そのバランスが良くて、私の中で固まってしまってるものが溶けてきたり、私ももっとテキトーでもいいのかもしれないな、とか思えたりするんです。

羊子:それ、わたしも感じました。そう、思い出したんだけど、ジョン・レノンが、オノヨーコに「もっと気楽に曲作ったら」って言われたって話。歌を作る当事者ってついついやりすぎちゃう、ちから入りすぎちゃうよね。

優子:わたしは、自分の中の、なんだかうまく表せない「あっ」って気持ちを、どういう言葉で差し出すかっていうのをずっと考えてるんだけど、おそらく。でも、このアルバムを聴いてると、自分の気持ちというより、まず何か「ことば」があって、そして世の中にあるいろいろな「ことば」からエッセンスをもらって作ってる気がして。

羊子:うんうん。

優子:(目の前にある水とコーヒーを指して)例えばテーマ「水」とか「コーヒー」、で3分で曲作ってみようみたいな遊び心があるっていうか。「水」や「コーヒー」の声を聴く繊細な作業のようでもあるし。私はなかなか曲を作るのを楽しめてないときが多くて、だからちょっとあこがれてる歌集なんです。

羊子:わかるな、なんかついつい意味を持たせようとしちゃうよね。作ってると。

 

(ここでマスターに頼んでBGMとしてかけてもらいました。)

自分のための歌

羊子:なんか、ぜんぶ「ひらがな」で伝わってくるの。

優子:あ、よくわかる。−そういえば、何度か「今日のライブは歌はやらないんですか」って、弾き語りが聴きたくて精一さんに話したことがあるんですけど…でも「自分の歌は恥ずかしいからあんまり歌いたくない」って言ってて。それが本気か照れかくしなのかはわからないけど。

羊子:そっか、恥ずかしいんだ。でも歌うのとインストと両方やってるんですよね。

優子:両方やってますね。

羊子:どっちも必要なのかな。きっと

優子:と思います。なんていうか、自分のための歌を歌っていて、それを聴きたくて私は精一さんのライヴに足を運んだり、CD聴いたりしてるのです。

羊子:自分のためっていうのは山本精一さんが自分のために?

優子:そう…私は、そう感じちゃいます、彼の歌をきくと。私はそれが聴きたいし、それにすごくバランスがいいというか、(ジェスチャー付きで)歌が自分の中で回ってるような、かと言ってリスナーを全然意識してないわけでもないし。

 

かなわないなって思うこと

羊子:優子さん、そういえば、悩んでるって聴いたんだけど、しぼれないっていうか、ほら裏方的なこともしてるじゃない?なんか歌うってことに迷ってるって。

優子:はい。私は極論、音楽じゃなくてもいいんじゃないかという気持ちがいつもあって。例えば、おいしいコーヒー出すのでもいいし、自分が「これだ!」っていう大好きなミュージシャンのライヴを企画して紹介するのも、自分が歌うことも方法が違うだけで同じ気持ちなんです。だから歌うってことじゃなくてもいいのかもしれないって。

羊子:それはわかるよ。みんなそういうことで悩むのかもしれないよ。とくに苦しいときとか、すごくいいミュージシャンにあったときとか、わたしがやらなくてもいいじゃないかって。

優子:そうなんです。山本精一さんの、一番かなわないなって思うのは、この人たぶん私の何十倍も音楽好きなんじゃないかなって、音楽が大好物で仕方がないんだろうな(笑)って思わされちゃうところなんです。

羊子:私はどう見える?(笑)

優子:あぁ。。。

羊子:率直に言って。

優子:秋山さん、秋山羊子という人にはたぶん、音楽、というか歌、というのものが必要なんだろうなって。好き、とか楽しいっていうのとはちょっと違う、のかしら?

羊子:わたしの大好きなケーキ屋さんがあって、彼女はすごくいいケーキを作るんだけど、彼女自身はあんまりケーキが好きじゃないっていうの。でも不思議だよね、すごくいいケーキ作るのよね。

優子:どんなケーキなんだろう?おいしい?

羊子:うん、すごくおいしくて、食べた後からだに残らない、負担にならないケーキなの。

優子:へぇ。

羊子:自分が好きなことと、相手に喜んでもらえるものを作れる、っていうことは少しずれるんじゃないかな。

 

15秒プラス60年

羊子:そうそう、山本さんのアルバムを聴いて、ある人の言葉を思い出したの。(雑誌BRUTUSの切り抜きを見せて)これなんだけど。陶芸家の浜田庄司さんという人が、大鉢にわずか15秒で絵付けするのを見て、客の1人が不満そうな顔になったんだって。そこで浜田さんは「今の絵付けは15秒かもしれないが、それは15秒プラス60年と思ってください。」と言ったっていうの。

優子:あぁぁぁぁ。

羊子:真剣にやってないようで、実は悩んだ土台があって、ポッと出てきた歌なんだろうなって。

優子:うんうんうん。

羊子:わたしもそうでありたいなって。

優子:そうですね。(ジェスチャー付きで)このCDから聴こえてくる音はこのくらい、ギターと歌でほんのちょっぴりなんですけど、でもずっと山本精一さんっていうの人の中の深いところに地下水脈のように彼の音楽が流れていて、たまにそこから湧水のようにチョロチョロっと湧いてくるというか、ずっと彼が人生で流しつづけていた地下水脈を何か感じられる気がするんです。

 

さびしい気持ちがすごくにじみ出てくる

羊子:同じことばでも入ってくるときとそうじゃないときってあるじゃない?言う人によってとかありますよね。山本さんのことばってそうだよねーって感じるんです。

優子:はい、さっき「ひらがな」って言ったけど、すごくやわらかいんだけど、目に見えないところで切実さがあって。

羊子:うん、歌詞が、ほんといいよね。おもしろかったのが17曲目だったかな「弱虫」ってやつかな、弱いものいじめそんなにおもしろいならオレもやろうか、みたいな(笑)。

優子:(笑)

羊子:あと「赤ん坊の眼」ってのもちょっと残る曲だった。優子さんは何か好きな曲ある?

優子:私も「赤ん坊の眼」好きですね。あと「B1のシャケ」。いろんな曲に、この気持ちわかるって言葉が入ってるんですけど、基本的には不思議な物語を淡々と歌ってる。この曲は特に不可思議だけど、山本精一さんのさびしい気持ちがすごくにじみ出てくる曲だなぁって。簡単に言えば泣けるんです、泣ける曲!(笑)。なんでだろ?

羊子:変な曲だよね。なんでだろうね。

 

にくたらしい小学生

優子:天然でやってるようで、あえてやってるようで、そういう頭の良さも感じてにくらしいというか。もちろんすごく敬意を込めて。

羊子:山本精一さんをひと言で表すと「にくたらしい小学生」

優子:あ〜〜わかる(笑)。ちょっと人よりも雑学がくわしくて、頭も良さそうだし、でも小学生だしみたいな。

羊子:そう。

優子:あぁいい表現だなぁ。すっきりした(笑)。

 

スランプのとき

羊子:ねぇ、スランプのときどうする?ある?スランプ。

優子:めちゃくちゃありますよ!

羊子:そう?!

優子:いつでもスランプで…どうしてるかな。もがいたりしてるけど、結局「あっ」って瞬間をただ待ってるだけな気もしてます。

羊子:作れる瞬間を待ってる?

優子:はい。もちろんいろいろするんですけどね、いままで書きためたことばを読み返したり、組み直して作ってみたり。で、やっぱりだめだったり。

羊子:うんうん。

優子:けどそういう本当にスランプのときこそ「あっ」って瞬間が生まれるから、あとになって思えばチャンスなんだなと。

羊子:山本精一さんはスランプあるのかな。誰でもあるよね。

優子:うーん、スランプ…あんまりないんじゃないかなこの人は。わからないけど。なんか受け止め方の違いで、私なんかはもう一生曲ができなかったらどうしようくらいまで、勝手に自分でどつぼにハマって、追い込まれることがあるけど、精一さんはもっと音楽と冷静に向かい合えてるような気がします。ニュートラルな気持ちでいれてる人なのだろうな、と。そこが尊敬できるというか。

羊子:あー、でもね、9曲目の「あんなにいやだったこともいまになってぜんぶもうどうでもよくなった」って歌詞あるじゃない、この歌にけっこう救われたの。たぶん苦しみをわかってるんだろうなって。

 

のびのびとした息づかい

優子:秋山さんの音楽もだし山本精一さんの音楽もだし、もちろん言葉をききたいしきこえてくるんだけど、すごく音の塊とういうか、音楽という立体的なものがちゃんとそこに浮かんでる感じがしてる。空間的といったらいいのかな、言葉があってメロディがあってただそれを歌うだけだと平べったくなってしまうことがあるんだけど、ふわっと浮いてるというか、音楽の呼吸が聴こえてくるんです。

羊子:うん、呼吸感じる。早くなったり遅くなったりするし、それがテキトーなようで自然なのかな。

優子:音楽本来ののびのびとした息づかいがあるというか。

羊子:息づかいね。

 

伝えようとしてる気持ち

羊子:今日はどうもありがとう。

優子:どうもありがとうございます。なんかなかなか上手く言葉にできなくて。

羊子:でもそれはよくて、伝えようとしてることが大事なんじゃないかな。

優子:これ、いい締めの言葉じゃないですか。

羊子:伝えようとしてる気持ちが相手に伝わるんだと思うよ。それは、ベタな言い方なんだけど、愛なんだと思うの。

優子:あぁ、いまの言葉に集約されたような気がします。このアルバムのこと。きっと、精一さんの照れた小学生のような愛が、私はすきなのかもしれない。

 

佐賀優子さんのブログ http://blog.livedoor.jp/myumyumyumy/

(2010.8.14)

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