YOKO's Cafe Talk特別編
小山卓治さん(ミュージシャン)との対談 03
この後2人は事務所を出て、表参道を散歩しながらラボエムへ。卓治はカプチーノ、秋山さんはハーブティーを飲みながら話を続けました。
短編小説集にも長編小説にも仕上げることができる(卓治)
Yoko:ステージでピアノを弾くようになったのは、いつからなんですか?
Takuji:デビューしてしばらくはバンドにキーボードがいたから弾いてなかったんだけど、「1曲だけピアノの弾き語りとかしたら、かっこいいかも」って、形から入ったんだ(笑)。初めて渋谷公会堂でライヴをやった時に、自分の曲を初めて弾き語りで歌った。一生懸命練習して(笑)。
Yoko:へええ。でもすごく特別な感じになったんじゃないかな。お客さんにも伝わったんじゃないですか?
Takuji:そうだね。アコースティックだけのライヴをやり始めてから、シーンの展開を考えたんだ。センターでギターをかき鳴らしてアップテンポの曲を歌うシーン、アルペジオで静かに歌うシーン、そのふたつだと、2時間とか3時間の中で起承転結のバリエーションがつかないっていうのもあって、ピアノを弾くようになったんだ。
Yoko:その起承転結っていうのは、何かはっきりとした形が小山さんの中にありそうですけど、それを知りたい。
Takuji:1曲の中にまずストーリーがあるじゃない? それから、ある曲からある曲につないだ時に、2曲が相乗効果でどっちも立つことがある。1曲1曲を短編小説だと考えれば、ライヴって短編小説集みたいなものだと思うんだ。例えば20の短編を集めた小説集。その中で、4、5曲を、ひとつの中編小説と考えてみる。中編の第1章、第2章という感じで。そうすると、4、5曲がひとつの物語として成立するよね。
Yoko:うんうん。
Takuji:そう考えれば、20曲をひとつの長編小説の各章と考えることも可能になってくる。だから短編小説集にも長編小説にも仕上げることができる。そうすると起承転結って、おのずと生まれてくる。それはライヴハウスにもよるし、いろんな街で歌う時の違いもある。曲の並べ方で、いろんなストーリーが見えてくる。
Yoko:それはアルバム作りでも、もちろん同じですよね。
Takuji:うん、同じだね。
簡単にすることが大事な時もあるから(羊子)
Takuji:秋山さんのアルバムは、どういう録り方をしたの?
Yoko:ドラムとベースと鍵盤と歌をまず録って、後でピアノと歌を入れました。ピアノは最初エレピだったから。最後の〈ジンギスカン〉だけは、自宅のアップライトピアノで一発録りでした。家だからリラックスしてたのもあるし、曲ができたてだったせいもあるんですよ。
Takuji:自分の中で曲が旬な時ってあるよね。《銀河鉄道の夜》の方は、ライヴっぽい録り方をしたって言ってたよね。
Yoko:梅津さんがプロデュースしてくださって、ライヴのように録って。加えるにしても、梅津さんが少しクラリネットを足したくらいです。
Takuji:イントロのチェロのイメージがすごいよ。
Yoko:チェロの人は、その日初めて来て楽譜を渡されて、初見だったんですけど、譜面も読めるし即興にも対応できるって人だったので。すごくやってて楽しかったんです。
Takuji:あのチェロのフレーズは、普通にロック聴いてたら出てこないフレーズだなあ。
Yoko:クラシックの発想ですね。〈真夜中のボードビル〉のギターも、チェロでやったらすごくいい感じになりそう。
Takuji:そうだね。
Yoko:チェロは低い音も出るし、独特の音色ですよね。小山さんに合いそう。意外で、新しい発見がありそう。
Takuji:昔、弦楽四重奏の、バイオリン2人とビオラとチェロでレコーディングしたことがあって、クラシック畑の人にアレンジを頼んだんだ。クラシックテイストのアレンジなんだけど、音色やイメージはロック寄りで、不思議でおもしろかったな。
Takuji:これからアルバムレコーディングの予定はあるの?
Yoko:できれば今年のうちにレコーディングして、来年アルバムをリリースできたらいいなって思ってて。まだ具体的にはなってないんですけど。
Takuji:アコギのストロークとかでよければ、俺やるよ。
Yoko:ああ!
Takuji:あんまりむずかしいことは弾けないけど(笑)。
Yoko:むずかしかったですか? でもそういうのって音楽家のエゴでやっちゃってることもあるんですよね。簡単にすることが大事な時もあるから。
Takuji:でもピアノならではの和音の組み立てはあるからね。
Yoko:うん、それはあります。
Takuji:俺が今レコーディングしながらアレンジの部分で一番考えてることは、どう聴かせるかってことだな。例えば……。
Yoko:例えば?
Takuji:イントロは短くとか。イントロっていうのは、物語に入る前にイメージを伝えるものだと思う。この曲は楽しい曲なのか、哀しい曲なのか、悩んでる曲なのか、恋してる曲なのか、まず印象を伝えるためのものだと思う。1コーラス目のサビが終わって2コーラス目に入る、譜面で言うブリッジ、4小節とか8小節っていうのは、サビを聴いた人たちが、その言葉を噛みしめて飲み込めるまでの間だと思うんだ。
Yoko:ああ、分かりやすい、それ。すごいすごい。
Takuji:間奏をギターソロにした時に、「そのギターもっと聴きたいから8小節なんだけど16小節にしちゃおう」っていうのは、作り手のエゴだと思う。8小節で完結するギターソロを弾いて欲しいと思う。
Yoko:うんうん。
Takuji:エンディングもそうだよね。その曲が染みこみ終わるところがエンディングだと思う。
結局は自分との戦いみたいなもんだから(卓治)
Yoko:曲作りは、アルバムのために作ることが多いですか?
Takuji:そんなことないよ。秋山さんのアルバムの8曲は、同じ時期に作ったの?
Yoko:2年くらいの間に作った曲って言ったらいいかしら。
Takuji:それはアルバムを作ろうと思って作ってたわけじゃないでしょ?
Yoko:ええ。ライヴに向けて作ったりとか。締め切りがないと作れないから(笑)。「あ、できちゃった」っていうのもあります。
Takuji:前にレコード会社に所属してアルバムを出してた頃は、きっちり締め切りがあったんだ。ずうっとレールが引かれてたから、半年以上先までのスケジュールが決まってた。相当ストレスを感じたよ。自分の中での締め切りだったら自分でコントロールできる。でも結局は自分との戦いみたいなもんだから。締め切りを守ることもエンターテイメントの一部だと思う。今はそういう形でのリリースじゃないから、自分の中でアルバム1枚分の曲ができたなって思えることと、誰とどんな形でレコーディングしたいっていうビジョンがうまく合致した時に、動き出せる。でも、前のアルバムからもう4年たってるな。
Yoko:いろんなペースが人によってあると思うんです。小山さんにとっての4年は空きすぎたなって感じですか?
Takuji:結果的に4年たったけど、その時間は無駄ではなかったなって思ってる。
Yoko:今回のアルバムに収録する曲は、その4年の中で作った時期は決まってるんですか?
Takuji:ある時に、まとめてできた時があったな。
Yoko:へええ。
Takuji:心の中で「出せ出せ」って曲が言ってるんだよ。
Yoko:ああ、分かる。
Takuji:それが一気に出てきた時があった。それでも「アルバムをレコーディングするのは、今じゃない」って思ってた。1枚のアルバムを作る時は、そのアルバムの核になる曲が欲しいと思う。で、ある曲ができた時に、自分の中でアルバムの準備ができたって思ったんだ。そこから具体的な作業に入って、レコーディングに向けてのスケジュールを組み立てていく。
Yoko:その後に、プロデューサーを高橋さんにするって決めたんですか?
Takuji:そうだね。研さんとの出会いはずいぶん前で、いつか一緒にやりたいなとは思ってた。前のアルバムで2曲共作して、さっき言ったけど、研さんが「小山って、きっとこうだよな」って提示してくれたものが、俺とちょっとだけずれてた。それがすごくおもしろかった。そこで感じたことを、その後の自分の曲作りに取り入れていったんだ。
輝きを持ったものを中心に進んでいきます(羊子)
Yoko:よくある質問だと思うんですけど、メロディが先とか歌詞が先とか、あるんですか?
Takuji:曲によるね。メロディだけ先にできちゃうこともあれば、サビの歌詞のワンフレーズが浮かんで、そのフレーズに向かって曲を構成することもあるし。秋山さんは?
Yoko:私も今小山さんがおっしゃったような感じですね。その時によってです。輝きを持ったものを中心に進んでいきます。
Takuji:ある曲がほとんどできてて、歌詞のちょっとだけ足りないもところを探して、プリントした歌詞を持って近くの公園で考えてたんだ。その時に、まったく関係ない言葉がポコッと出てきたことがあった。
Yoko:へええ。
Takuji:その言葉が出てきた時、そのワンフレーズがいろんなことをいっぺんに運んできたんだ。キーもテンポも歌詞のボリュームも。たまにそういうことがあるな。
Yoko:降りてきたってやつですね。
Takuji:うん。そういう曲って、いびつかもしれないけど、いい曲になることが多いな。あと、心の中から出たがってる曲があるけど、あえて押さえ込む。「今じゃない」って。そうすると「出せ」って勢いだけじゃなくて、心の中で曲が熟成していって、出した時には完全な形で完成してるってことも、たまにあるな。
Yoko:すごい安産。
Takuji:(笑)安産だね。
Yoko:曲作りって出産に似てると思うんですよ。
Takuji:難産の時もあるよね。
Yoko:うん、ある。私は詞が苦労して、ライヴの直前まで迷うんだけど、結局納得がいかなくて歌わなかったりすることもあります。アイデアとひらめきがないと、曲ってしっくりこない気がします。
Takuji:そうだね。10年以上前に曲のイメージとかサビのひと言とか浮かんでて、浮かびっぱなしで10年忘れてることもあるな。それがある日戻ってきて、アッという間に曲になったりする。
Yoko:そういうアイデアは録音とか、記録しとかないんですか?
Takuji:昔はカセットテープに〈Day Dreams〉ってタイトルをつけて、メロディの断片とか歌詞とかを、思いついては録音してた。それが何10本もあるんだ。その後のMDもたくさんある。暇があったら聴き直そうと思いながら、放りっぱなしになってる(笑)。それは白昼夢みたいなものだと思って〈Day Dreams〉ってタイトルにしたんだ。
Yoko:ああ、そうか。
Takuji:でもそういうのって、聴き直さなくても思い出すことがあると思うんだ。
Yoko:ほんとうにいいものって、憶えてるものですよね。
Takuji:うん、憶えてると思う。
苦しいよりも、切ないになってきちゃった(卓治)
Takuji:次のアルバム用の曲は、もうだいたいできてるの?
Yoko:何曲か候補はあるんだけど、さっき小山さんがおっしゃったように、核となる曲、これだっていうのが、まだ作れてないから、曲作りはしたいんです。
Takuji:でもきっと出てくるって気持ちはあるでしょ?
Yoko:気持ちはあるんですけど、分かると思うけど、苦しいんですよ。苦しいからすぐ逃げようとするんです。
Takuji:分かるよ。
Yoko:だから自分の気持ちが分からなくなる時があるんです。私は曲を作りたいんだろうかって。負けそうになる時がありますね。
Takuji:俺も20代の頃は、曲が生まれる時は喜びと同時にすごく苦しかったな。初産に近い状態だったのかもね(笑)。
Yoko:ああ。
Takuji:最近は、苦しいよりも、切ないになってきちゃったな。切ないけど、作っちゃう。なんかうまく説明できないんだけど。
Yoko:おもしろい、その感覚。きっと、聴き手をより意識するようになったからかしら。こういう言葉にしたら、聴き手はこういう風に感じるだろうって、すごく身に染みて分かるようになったから、切ないのかな。
歌の原点って、子守歌なのかもしれませんね(羊子)
Takuji:曲っていうのは、みんなに聴いて欲しいというよりも、アコギを弾きながら声が届く範囲っていうのかな。あるいは、その歌を聴いて欲しいたった1人の人のために歌う。ラヴソングって、元々たった1人のために作るものじゃない? 結果的にライヴをやったりアルバムを作ったりして、たくさんの人間に届けることになるんだけど。
Yoko:それは昔から意識してたことですか? それとも最近ですか?
Takuji:最初は漠然としてた。曲を作り続けてきて、「俺たち」って歌った時、「俺たちの“たち”って誰だよ」と思い始めた。歌を作る時に「君」って言う時、その「君」がどういう人間か分かってないと、絶対に「君」って歌えない。それがある時見えなくなった時があった。
Yoko:その時どうしたんですか?
Takuji:自分が誰のために、何のために歌ってるかを強く意識するようになったな。
Yoko:分かるようになってきたんですか?
Takuji:そうだね。よっぽどの野心家でない限り、不特定多数の人間に向けて何かを差し出すことって無理だと思う。
Yoko:うん。
Takuji:肉声が届く範囲っていうのかな。音楽が生まれた時には、PAシステムもCDもなかったんだから。
Yoko:そうね。
Takuji:それがそもそもの自然な形じゃないかな。
Yoko:きっと歌の原点って、子守歌なのかもしれませんね。ラヴソングもあるけど、お母さんが子供に歌うのもラヴソングだもんね。
Takuji:そうだね。
Photo : MASASHI KOYAMA
小山卓治さんのウェブサイト http://www.ribb-on.com/takuji/